2020解説

人が生き物として忘れてしまったこととは

☆いぬ年 神仏に祈って無病息災なのではない。本来、無病息災なのである

東京新聞TOKYO Web
令和2年9月16日から引用

自然界を見渡してみますと、動物や昆虫は、左右対称で生まれ、姿勢も変わらず、肥満もなく、病気もありません。

病気があるとすれば、人間が汚した水や大気汚染によってでしょう。

この世の中に生きるものは、初めから完全で生まれ、そのまま一生を終えるのです。

さて、ではどうして人間だけが、左右非対称で姿勢も悪く、肥満や病気になるのでしょうか。

それは偏に、人間が足るを知らぬから、という言葉に尽きるでしょう。

人の欲望は止まる所を知りません。

狩猟民族から農耕民族になり、文明が発達していく。

その過程において、私達の生活はその都度姿を変えていきますが、人が本来の生き物として機能しなくなっていってしまったのは、便利さを求めていったが故の結果でしょう。

生活が便利になればなるほど、身体は楽を覚える、そして与えられる生活様式の型にはまってしまうことにより、自分が何を求めているのかが分からなくなってしまう。

便利さを求めていった為、汚れのない水や土は減っていき、私たちの身体に入るものが侵されてしまっている。

また嗜好品や食欲の快楽に溺れて、身体を害することを厭わない。

身体を動かすことが少なくなり、身体を締め付ける服に身を包み、エネルギーの少ない粗悪な食べ物を口にして、電磁波が飛び交う街に生きる。

今、私達に必要なのは、自分の生活が自分にとって正しいのかどうか、という問いと、自分自身の体や心が発している声に耳を傾けるということです。

自分を正すことは、自分にしか出来ません。

自分がどう生きていきたいのか、人はどう生きていくべきなのか、改めて考えるとき。

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