2019解説

私達は、虚偽と真実に気付けているのか

☆い年…真実というものは人間が考え出したものではない。真実より人間は生まれた

東京新聞TOKYO Web
令和元年5月26日から引用

私達は、虚偽で作られた世界の中で、物事の真実を追い求めております。

この世は嘘まやかしで満ちており、何も知ろうとしない人は、搾取され続けることでしょう。

無知というのは、知らなくていい分、呑気で居られますが、知らない分、奪われ続けているのです。

しかし、真実を求め、奔走したところで、嘘の皮を一枚剥がしたような真実にしか辿り着けないかもしれません。

どこまで進もうとも、この世は嘘偽りでしかないのでしょうか。

さて、私達は、社会の中の価値観という土台に立って、物事を見聞きし、判断しておりますが、本当の真実に気付くためには、今立っている土台(価値観)で背伸びをして辺りを見渡している場合ではありません。

立つ場所を変えない限り、どんなに力を尽くしたところで、辿り着くことができない真実があるのです。

求めるべきは、真相なのか、真実なのか。

ただ、人の関わりの中の虚偽を暴くだけなのなら、今の価値観のまま、真相を求めればいいでしょう。

所詮、人が隠している真相というのは、隠し通せるものではありません。

しかし、その真相の奥に隠された真実を知りたいのなら、今の自分の価値・判断基準である価値観から離れなくてはなりません。

真実とは、常に自分と共にある。

そのことに気付くということは、人としての覚醒ではありますが、社会の価値観からの離脱を意味します。

虚偽によって作られた世界の価値観の中で、無知で呑気に生きるのか、真実の存在に気付き、今までの自分の価値観から覚醒するのか、選択のとき。

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