2019解説

無心・無我とはどのような境地なのか。感情を超えた先について

☆い年…無心、無我の眼で眺めれば人事往来の忙しき時も佳境なり

東京新聞TOKYO Web
平成31年4月20日から引用

私達は、日々の中で起こる物事に翻弄されながら生きております。

希望が叶えば喜び、予想外の出来事に驚き、想定外のことに悲しむ。

物事によって感情が動かされ、一喜一憂しながら毎日を過ごしております。

さて、こうして感情が働くことは人生の醍醐味ですが、感情の境地を超えた心というものがあります。

それは、無心・無我である、ということ。

無心や無我と聞くと、自分の希望を持たないことや、自分の意見がなくなる、という解釈をされる方もいらっしゃるかもしれません。

しかしその解釈は、無心・無我の本質ではありません。

無心とは、心に執着が無いということ。

無我とは、我が儘で無いということ。

物事について執着せず、起こる出来事を有りの儘にとらえる心は、何事にも縛られることがない、自由な無心の境地です。

自分の考えに執着せず、自分の希望や想定に執着せず、広く物事をとらえることの出来る心は、すべてを吸収しながら進んでいく、雄大な無我の境地です。

感情を超えて、無心・無我を以て物事をとらえていけば、この世で起こる出来事は、すべて起こるべくして起こっている妙事であることに気付くことができるでしょう。

無心・無我を開眼し、目の前の世界が変わるとき。

 

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