2019解説

自分を自分で定義しているのが現実

☆とり年…現実は厳しい。しかし夢うつつになりがちで、ますます厳しくなる

東京新聞TOKYO Web
平成31年3月12日から引用

街を歩くと、誰かが見てるゾ、というポスターを目にすることがあります。

防犯予防として、道徳に訴えかけるポスターですが、正に人生は、常に誰かが見ているといっても過言ではありません。

私達一人一人の人生を、誰が見ているのでしょうか。神仏さまでしょうか、大いなる存在でしょうか。

そうではありません。

誰が見ているのか、それは、自分の本来性です。

自分の行為を、自分で見ているのです。

当たり前のことと思うかもしれません。

しかし、これは紛れもないことです。

自分が行った行為について、後ろめたい気持ちになった経験があるのなら、それは自分の本来性が、その行為は良くないと、自分に知らせているためです。

それでも構わずに行うと、それに伴った自分となっていく。

日々、そうして私達は、自分を自分で定義しています。

行為の積み重ねや、周りの人たちの自分への対応を確認しながら、自分とはどんな人間なのか、定義しているのです。

もしも人生を変えようと思ったら、この定義を変えなくてはなりません。

生まれてから、ずっと定め続けてきた定義を変えるのは、簡単にはいかないでしょう。

人のこびりついた価値観は、そう簡単に変わるものではありません。

自分が自分の現実を作っている、これは真実です。

気を付けなくてはならないのは、行為が作る現実と、心が作る現実があるということ。

行為と心が矛盾している場合、より強い心が作用します。

正しいこと行為として行っていても、心の中でその行為を否定していては、その行為を否定する自分が定義されるのです。

さて、自分自身について、一つ一つの行いを省みるようになれば、人生は好転させていくことができます。

しかし、自分自身の現実に目を向けずに、ただ夢に向かって生きるようでは、現実は変わらないでしょう。

自分の現実から目を背けないように。

現実は、自分で作っている。

まずは、自分の定義を変えていくために、日々の行いと心がけを変えていきましょう。

毎日は、小さな積み重ねですが、その積み重ねが自分を定義していき、やがて大きな人生の転機を生み出すのです。