2019解説

独立した価値観を持つこと

☆いぬ年…是を是とし、非を非と言うのが直という。真実を進む勇気を以て開運

東京新聞TOKYO Web
平成31年2月6日から引用

とかく人は、自分で感じる物事の真実よりも、他の人がどう判断しているか、を重視しがちです。

例えば、CMや流行などは、広告代理店や業界が作り上げているものに過ぎないのに、それを追い求めてしまう。

多くの人が他人によって作られた価値を信じていますが、そこに本当に価値があるのか、考えなくてはなりません。

例えば、日々流れているニュースについて、記事をそのまま信じてしまいますが、そのニュースは本当に正しいのか、疑ったことはありますか。

そのニュースの裏に何か隠されているのではないか、考えなくてはなりません。

例えば、親は大切にしなくてはならない、親の恩は大変重いものだと言われておりますが、恩がある、ということと、言うとおりに生きる、というのは全く別の話です。

親の勝手な価値観に縛られて生きなくてはならない、その真実があるのに、世間でいわれている親孝行の美徳を選んでしまう。

その生き方は、自分にとって、親にとっていいことなのか、考えなくてはなりません。

人は皆、独立した尊い意志を持った存在である。

さて、他者が是と言ったから是、社会が非と言ったから非ではなく、自分の独立した判断を以て是を是といい、非を非という。

それが自分らしく己の価値観で生きるということであり、この独立なくして執着の苦しみから逃れることはないと思いましょう。

真実とは、自分で掴み取っていくものである。

物事のどんな真実であっても受け入れて進んでいく、その強い意志を持って開運となる。