2019解説

無知の先、苦しみの先にあるもの

☆ね年…知る事多き者は苦しみも多し。知らぬが仏の時もある

東京新聞TOKYO Web
平成31年1月27日から引用

苦しみというのは、知ることにより起こります。

病気を知る、企みを知る、裏切りを知る、痛みを知る、真相を知る。

人は、考えなければ考えないだけ、感じなければ感じないだけ、煩悩を求めながら過ごす事ができます。

感情の起伏は大きいかもしれませんが、感情や煩悩に左右され揺さぶられながら生きることは、虚しいですが苦しくはないでしょう。

しかし、人はそういう生き方は続けられません。

自分の生き方が虚しいと気付いたとき、人は苦しみを覚えるでしょう。

世界の真実を知れば知るほど、無知の愚かさと人間の愚鈍さに嫌気が差すこともあるでしょう。

さて、知る・気付くというのは、本来喜ばしいことです。自分が向上していくこと。

そこに苦しみを覚えるのは、過去の自分や周囲の物事に執着しているからに他なりません。

過去を正当化したところで、未来が良くなる訳ではないのです。

過去を後悔したところで、未来が良くなる訳ではないのです。

知る・気付くということは、未来を創造する力を得たということ。

知ることによる執着の苦しみを超えれば、自分が望んでいた未来を掴むことができる。

苦しみから逃げるのではなく、苦しみの先にある更なる真実に気付くこと。

苦しみと向き合いそこに隠された事実を知ることで、苦しみを超え、望む未来を得るチャンスが到来するのです。