2018解説

自分の心の状態を見つめる

☆とら年…心の畑を耕すことを仏は教えてくれた。福徳育ち始める

東京新聞TOKYO Web
平成30年11月18日から引用

誰もが実りのある人生を持ち合わせています。

人と比べる必要のない、その人独自の豊さに満ち溢れた生き方、それは特別なことではありません。

しかし、なかなか現世を生きていく中で、そうした人生を歩める人は少ないかもしれません。

人生を実りあるものにするために必要なのは、心が豊かであるということ。

人は、生まれてから今まで、自分の本来性よりも社会性を重視させられてきました。

社会で生きていく上で、もちろん社会性は必要不可欠な要素ですが、個人が自分らしく生きるためには、それぞれが本来性に立ち戻る必要があります。

今、自分の心は雑草の生えた荒野であると思いましょう。

長年、自分の心の状態よりも世間体を気にして生きていたために、自分に実りがあることすら分からない状態です。

まずは、雑草を取り除くように、余計な雑念や考えを払ってまいりましょう。

社会で植え付けられた価値観という名の雑草も、取り除いてしまいましょう。

そうして真っ新になった心で、世界を感じてみましょう。

自分は、本当は何に関心があり、何が嫌なのか。何を我慢して生きてきたのか、これからどう生きていきたいのか。

心でそのまま世の中の出来事を受け取るというのは、心の土壌を少しずつ耕すようなこと。

好きも嫌いも受け取ることで、だんだんと自分という人間が分かってまいります。

そのうちに、自分の心の中で、志として芽生えるものがあるでしょう。

それは、心の雑草を取り除いた為に気付けた自分自身の本来性としての芽です。

そうした心の芽に必要なのは、再び雑草が生えてその芽が分からなくならぬように、気を付けるべきを気を付けること、そして決して諦めないことです。

心がワクワクすることは、良い養分となるでしょう。

雑草が払われた心には、志としての芽とともに、福徳も育ってまいります。

よく手入れのされた心においては、キラキラとした陽の光、水のせせらぎ、若草の香りを感じるように、五感は澄み渡り、自分にとって必要なものが何であるのか、間違えることもなくなるでしょう。

そうして育った豊かな心には、悦び事多く、実りのある人生となることでしょう。