2018解説

真実を見つめる矛先について

☆たつ年…物事を熟知する事は大切であるが、他人を知り過ぎても事は成就しない

東京新聞TOKYO Web
平成30年9月9日から引用

この世の中というのは、知れば知るほどに、その奥行きが増していきます。

面白いもので、知ろうとする人の段階に合った真実というものがあり、その人が経験を得て学べば学ぶほど、新しい真実というものを知ることになります。

さて、そうして物事の深みを探求する、真実を見つめることは、人生をしっかりと自分の足で歩いていくにおいて、重要なこと。

他者や社会に決められた生き方ではなく、自分自身の道を歩んでいくためには、真実を見つめていくことは必要不可欠なのです。

そうして物事を深めていきますと、他人のことがよく分かるように思える時がきます。

その相手の人となりや改善すべき点が見えてくるのです。相手に、伝えてしまいたい気持ちになることもあるでしょう。

しかし、そうして分かった相手のことですが、その相手が気付きたいと思っているかは別の話。

基本的に人は、変化に対して臆病であり、多くの人は、変わっていきたいなどとは思っていないのが現状です。

変わるということは、自分の見たくない部分と向き合わなければならないということになります。

それはなかなか辛さを伴うこと、向き合いたくない自分の部分を見て、辛い思いをしなければならない。

そのことを、多くの人は耐えることができないのです。それほどに人は弱く、自分に甘い。

しかし、そうして分かった相手のことですが、実はその相手の真実の奥にも、別の真実というものがあります。

結局のところ、自分自身が分かったつもりいることなど、その時の自分都合によるところも大きいのです。

相手のことを分かったつもりになり、相手を変えていこうとは思わずに、自分自身が変わっていくこと。

見つめるべきは、他人ではなく自分自身であり、自分自身の真実もまた、奥行きがあることに気付くのです。

見つめるべき真実は、常に自分の中にある。