2018解説

人が背負う価値観について

☆ね年…子供が仲良く遊ぶ象。何事も邪心なくして喜び多し

東京新聞TOKYO Web
平成30年9月5日から引用

人と人は、謀り事なくまっさらな状態で接し合うことが出来れば、お互いがお互いを優しさで包み合うような、幸せで喜びの多い時間を過ごすことができるでしょう。

しかし、なかなか人は、相手と対峙した時に、まっさらではいられません。

子供の時分に出来ていたか、といえば、それも難しかったでしょう。

子供は、親の影響を真っ直ぐに受けます。どんな親であっても、子供は生きていくために、親を頼り愛することしか出来ないのです。

その時に受けた言葉や行為、親の姿というのは、そのまま子供に影響します。

今の時分、子供同士が遊んでいて、意地悪でない子供がいますか。

生意気でない子供がいますか。

言葉の綺麗な子供がいますか。

もちろん、いないとは言いません。

しかし、親が人として無知であれば、純粋な子供はその無知で恥知らずな親を手本にして成長してしまうのです。

子供にとって、親とは価値観そのもの。

そうして子供が親から植え付けられたら価値観は、子供が大人になってからも影響してきます。

子供が社会で正しく自分を活かして生きようと思っても、親から受けた価値観によって、身動きがとれなくなることもあります。

また、生きていく上で社会から植え付けられた価値観もまた、人が本来性で生きづらくなるようなもの。

そうした自分の本来性ではない価値観が、今の自分を作り、そのためにまっさらでいることが出来ないのです。

人と人がまっさらで接し合うとは、親や社会などの本来性から離れた価値観から抜け出して、自分の本来性に立ち戻るということ。

そのためにも自分自身と向き合い、己の中にどのような要素があるのか、見極めなくてはなりません。

否定するのでなく、事実をただ見つめるということ。

内省し、自分の本来性で生きていきましょう。

そうすることで、万事が喜ばしいものへとなることでしょう。