2018解説

目の前の厳しさの中にあるものは何か 乗り越えるために

☆たつ年…厳しさの中に愛情があったと気づく日。発想を転換せよ

東京新聞TOKYO Web
平成30年4月18日から引用

人から指導を受けるとき、一見すると理不尽なことや、納得のいかないこともあるでしょう。それらに対して感情を働かせてしまうと、その物事の真意が読み取れなくなります。

その厳しさは誰のためであるのか、自分が成長するためのお言葉であるなら、これほど有り難く喜ばしいことはありません。

しかし、人間同士では、私情を捨ててその人ための指導が出来る人は、なかなかいないかもしれません。

さて、人生において、どうしようもなく苦しい時があります。自分の内面が露出するような、厳しい現状と向き合わなければならないことがあります。

人によっては、そこで無情を唱えるかもしれません。しかし、考えてみてください、生きていることの意味を。

人が生きていくとは、自らの成長のため。幸せになるために生まれてきた訳ではありません。幸せとは、一時の感情に過ぎないのです。自分の心が安定していたら、どんな時でも幸せは感じる事ができる。しかし、自らの成長は、一生をかけて学べるかどうか、というところ。

目の前のその厳しい現状・苦しみは、なんのためであるのか。それは、自分が新たな段階へ進むための重要な通過儀礼なのかもしれません。

成長していくとは、楽しいことばかりではありません。むしろ、苦しい時間があり、それを乗り越えていくことで、人は成長していくのです。

人生における苦しい時間は、自分が成長するために与えていただいている深い愛情である。

有り難く受け入れて、乗り越えていきましょう。乗り越えられるから、与えられているのです。苦しみを糧にして、大いなる人生を得るのです。