☆ね年…世は火宅の中にいるべし。世情を離れて泰然
東京新聞TOKYO Web
平成29年10月28日から引用
仏教の教えを例えた話しに、「三車火宅の譬喩」というものがございます。
この話しの中で、煩悩渦巻くこの俗世のことを、火事になっている家と表現されています。我々人間は、その火事の中で、火の中にいることも分からずに遊び呆けている子供たち。仏様は、この火事の中から、子供たちをさまざまな方便を使い救い出します。
この世の姿、真実とは、我々が思っているようなものではないかもしれません。この世の一見華やかな世情にとらわれて、それを追い求めているその周りでは、今にも我が身を焼き尽くす炎が上がっているかもしれない。
気付きがなければ、周りが火事になっていることも分からないほど、我々は盲目的に生きているのです。
自分が生きている周りを見渡し、世界の真の姿に気付くことができるように、今夢中になっているその世俗的なものから一度離れてみましょう。顔を上げ、とらわれから離れることで、見えてくる真実があるでしょう。そして、救いもまた、いつでもすぐ傍にあるのです。